組み立てられた日常:リュク・フェラーリ

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1988年に作られた『小さな断片または36行のコレクション/ピアノとテープレコーダーのための』は、終曲を除き、数秒から1分数10秒の部品が集積した、音の日常的なドラマです。ただし、変調され、変形されたいくつもの音が並行して生起するドラマです。それこそが日常的な音空間なのですが。
短い打撃音とピアノの崩れた単旋律で始まるこのコレクションは、次々と短いバリエーションがつながっていきます。鳥の声や自然音を使った風景描写の辺りから映像空間が侵入し、日常のドラマの様相を帯びてきます。
奇妙に変形されたピアノ旋律の、断続する流れを邪魔するように、様々な電子音や具体音の浸食が始まります。日常的な単語の断片、「何..?」とか「アン、ドゥ、トロワ」とか「気をつけて」とか、「あなたの...」とか、「カモン」とか、男女の声の断片が唐突に入ります(それにしても「アイ」って何だろうか?)。
私は、一聴してジャック・タチを連想しました。彼の映画は、クールで都会的なセンスを持ち、ユーモアとエスプリの利いたコメディです。ただし、フェラーリの音楽から想起するのは、断片化され、ランダムに継ぎ合わされたタチのフィルムです。
ばらばらの部品は、内部もばらばらになっていきます。複数の旋律や音響がランダムに生起し、時々リヒアルト・シュトラウスシューマンといったロマン派の音楽が、変形されて断片的に引用されます。男女の会話も次第に変調されていき、音節が不明瞭になります。
この『36個の連続する小品』は音のコントのパッチワークであり、全体としてコメディを構成しているとも見なせます。コミカルなフランス風スラップスティックだと思いました。
でも、一度に出てくる音がさほど多くなく、ダイナミックレンジも瞬間値以外は狭いので、うるさくは感じません。ベースにあるのは最初の旋律です。
流れる音は時々つっかえたり、崩れたり、急に声や台詞やその他の音が割り込んできたりしますが、そのタイミングが絶妙で、芸の域に達しています。聴きながら、クスクス笑ったり吹き出したりする類いの音の芸です。聴き手に台詞の意味や元の曲が分からなくても、リュック・フェラーリは音でそれをやってのけています。
終曲は6分を越えるピアノソロ。『最後は凄まじくも悲しく』と皮肉なタイトルの通り、発狂したピアニストが滅茶苦茶に弾いてるような音楽が半分ほど続きます。時々まともに聴こえるのが可笑しいのですけど。
後半は落ち込んで嘆いて終わります。失恋したのでしょう。背景には単調なノイズ。
この『36のコレクション』は軽妙で不可思議な音空間ですが、声による映像の想起が具体的な表現を生んでいます。
音の全面的な抽象化には進まず、リアルなテイストを残す音を使い続けたフェラーリの気質であり、特質なのでしょう。
軽妙洒脱なセンスが光る、音響演劇でした。
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リュック・フェラーリは、ピエール・シェフェールピエール・アンリらにやや遅れて、ミュージック・コンクレート/具体音楽を始めた作曲家です。テープ音楽と言った方がイメージし易いでしょうか。1950年代の初頭のことでした。
同時期に、西ドイツではかのシュトックハウゼンが、ケルンのスタジオで、大規模な設備による電子音楽を始めています。電子音楽スタジオは日本も含め、先進国の放送局に急速に広がりました。
第二次大戦の惨禍の後で、驚異的な早さと言えるでしょう。当時の録音と編集作業や変調の困難さを思えば、先駆者の偉業に頭が下がります。
 ※電子音楽もテープに録音されました。

【メモ1】

Luc Ferrari:Collection de petites pièces ou 23 enfilades 2004 - L’empreinte digitale, ED 13171
アルス・ノーヴァ器楽アンサンブル、ピアノ:ミッシェル・モレー、打楽器:フランソワーズ・リヴェロン(第2曲)、録音:スタジオ・ジョン・ケージ、ラ・ミュゾン・セルキュイ 2003年3月
音ヲ遊ブ Luc Ferrari
:知らない間にすごいことになってたようで。時代は変わった。(^^;;
【メモ2】
『小さな部品または36行のコレクション/ピアノとテープレコーダーのための』(1985)
36行のタイトルを眺めれば、日常的なドラマが組み立てられていることが分かります。
 ※仏→英→日の Web 翻訳なので心配だけど。伝言翻訳みたい。(^^;;
『小さな断片または36行のコレクション/ピアノと磁気テープのための』
主題と変奏1/手間のかかる目的/記念品、記念品/景色/止められた古い物語/一番簡単に/6つの主題/一番簡単に-分散和音/単純な目的/Aの歴史/ダンス1/主題と変奏2/それはワルツだ/ツァラトゥストラ/12の音/主題と変奏3/ダンス2/優しく/声は謎だ/ダンス/シューマン1への讃歌/主題と変奏/ポリフォニーとリズム/私はラジオを聞く/薄紅立ち葵/主題と変奏4/シューマン2への讃歌/滑る、滑る/ポリフォニーと分散和音/演劇として知られている最初の版にあるけど、もう場所はここにはない/リストの鐘/最後の変奏/メロディーとリズム/ブラームスまたは人生/電話/凄まじくて悲しい最後
タイトルから想起する音のイメージとはかなり異なるピースもあります。
もう1曲、『偶然と決定の演奏/ピアノ、打楽器と既製の音(音の陳列棚)のための』(1998-1999)が入っています。コンクレート+打楽器+ピアノですが、演劇性は強くありません。

 現代音楽 古楽 作曲家 ヴァイオリン(バイオリン) ピアノ
日付:2007年05月20日

*1:☆ミラーです。インポートできないようなので手動でやりました。Muse というクラシック系SNSのブログの同じ日に同じ文を載せてます。ハンドルは『とっち〜』です。(2007.06.10コピー)
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